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最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)550号 判決 1966年12月15日

上告人

浅野千秋

(ほか二名)

右上告人ら訴訟代理人

寺島祐一

豊川忠進

被上告人

細川寅吉

右訴訟代理人

武並覚郎

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人寺島祐一、同豊川忠進の上告理由第一、二点について。

原判決は、上告人らと被上告人との間で原判示の約定家賃の支払を引き続き二回以上怠つたときは、被上告人は催告を要せず本件賃貸借契約を解除しうる旨の裁判上の和解が成立したところ、上告人らにおいて昭和三二年七月および八月の二ケ月分の家賃を引き続き支払わなかつたため、被上告人は同年九月二一日上告人らに対し右和解条項に基づき契約解除の意思表示をし、よつて右契約は解除された旨判示して、上告人らの予備的請求を棄却している。

しかし、原審の確定したところによると、本件和解調書には本件家屋の家賃は被上告人方に持参してこれを支払うべき旨定められていたけれども、当事者間においては被上告人の娘である細山光子方店舗に持参して支払つて差支えない旨の合意が成立していたのであるが、上告人初村賀代子は昭和三二年九月一八、九日頃細川方店舗に至り、その雇人である佐伯栄子に対し同年七月分と八月分の家賃を持参したから受け取つてくれと申出たところ、同人はこれを受け取らず、同月二〇日上告人賀代子が再び細川方を訪ねて前記二ケ月分の家賃の支払を申出たところ、前同様受領されなかつた、というのである。右の原判示によつては、上告人賀代子において前記家賃を現実に提供したのであるか、それとも家賃を持参することなくして単なる口頭の提供をしたにすぎないかは明瞭でない。もし、上告人賀代子において前記家賃を現実に提供したものとすれば、たとい延滞家賃に対する遅延損害金を合わせて提供しなかつたとしても、それは極めて僅少な額にすぎないから、債務の本旨に従つた履行の提供がなされたものというに妨げなく(大審院大正九年(オ)第六六三号同年一二月一八日判決、民録二六輯一九四七頁参照)、上告人らの前記家賃の不払により一たん発生した解除権は、その後の弁済提供により消滅することになる。ところが、もし、上告人賀代子において前記家賃を持参することなく単なる口頭の提供をしたにすぎないとすれば、被上告人が予めその受領を拒む等特段の事由が認められない限り、債務の本旨に従つた履行の提供があつたとはいえないから、被上告人の上告人らに対する契約解除の意思表示により本件賃貸借契約は解除されたことになる。また、もし、原審が、被上告人が上告人らの前記家賃の不払により前記和解条項に基づく解除権を取得した以上、その後契約解除の意思表示のなされる前に債務者が債務の本旨に従つて履行の提供をしても、解除権は消滅しないという見解に立つて本件契約解除の効果を認めたものとすれば、右見解は当裁判所のとらないところであつて、原判決は契約解除に関する民法の規定の解釈を誤つたことになる(大審院大正六年(オ)第三五九号同年七月一〇日判決、民録二三輯一一二八頁、同大正八年(オ)第四四〇号同年一一月二七日判決、民録二五輯二一三三頁参照)。従つて、いずれにしても、原判決は、審理不尽、理由不備または法令違背の違法があることが明らかであつて、論旨は理由あり、原判決は破棄を免れない。

ところで、和解調書において賃料を延滞したときは賃貸借契約を解除することができる旨の条項が定められた場合に、賃料不払による解除の事実は民訴法五一八条二項にいわゆる「他の条件」に当らないと解するを相当とし、従つて、右賃料不払による解除の事実を争つて和解調書に基づく執行力の排除を求めるには、民訴法五四五条の請求異議の訴によるべきであつて、同法五四六条の執行文付与に対する異議の訴によるべきでないと解するを相当とする。蓋し、民訴法五一八条二項にいう「条件」は、債権者において立証すべき事項であつて、債務者の立証すべき事項を含まないと解すべきところ、前記和解調書に記載の賃料の不払の事実は債権者の立証すべき事項ではなく、却て債務者において賃料支払の事実を立証し、債務名義たる和解調書に記載された請求権の不発生を理由として右債務名義に基づく執行力の排除を求めるべきものと解するのが、公平の観念に合致するからである。

しかるに、原審が、本訴は民訴法五四六条の執行文付与に対する異議の訴として適法であるという見解のもとに本訴予備的請求(執行文付与に対する異議の訴)を棄却したのは、右法条の解釈を誤つたものであり、上告人らの第一次請求(請求異議の訴)を棄却した第一審判決もまた民訴法五四五条、五四六条の解釈を誤つたものであることは、前記説示に照らして明らかである。若し上告人らが差し戻し後の二審において、附帯控訴の申立をするならば、原審は上告人らの第一次請求について審理を遂げ宜しく本案の裁判をなすべきものであることは、前記説示に徴して明らかである。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠)

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